ニコ二胡アレクサンダー

中国民族楽器の二胡にハマって学びを深めるうちに知った、アレクサンダー・テクニークについての探求の日々

ピンクの象

「ピンクの象のことを考えないでください」










……あなたは考えないでいられましたか?


考えないどころか、頭の中はピンクの象でいっぱいになってしまったのではないでしょうか?


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以前の記事で、自分への指示は否定形でなく肯定形を使うという事を書きました。

それは頭でいくら否定形で考えても、それではむしろそのやりたくない事で頭がいっぱいになり、やりたくない事を、やりたくないと思っていようがやってしまう事になるからです。

だからこそ、やりたいと思う事の方へ焦点をあてる必要があるのです。

この事をわかっておくと、自分への指示が「明確」になって行きます。明確さは、自分の起こしたい変化を後押ししてくれます。

イメージの力

f:id:nikoniko-alexander:20210331221837j:plain前回の記事で、「観客がいると想定して練習する」など、イメージを使った練習について書きました。

「本番のエネルギーを使う練習」
https://nikonikoalex.com/entry/2021/03/30/235524

具体的なイメージは、何か目的があって物事に取り組んでいる時には助けになります。

例えば私が二胡を教えている生徒さんに対して、身体のこの部分から動かし始めたら上手く行くだろうと思った時には、「その部分から糸が出ていると思って、こっちの方向から引っ張られるとしたら?」など、誰もが思い描きやすいイメージを使います。

先日、ヨガのオンラインレッスンを受けている時に、ヨガの先生が私と同じように糸のイメージを使って指示しておられて、大変興味深かったです。
他にも、「大きな金色のフサフサした尻尾が生えていると思って…」という表現もありました。その尻尾で時には後ろから前に床を掃いたり、右脚の方へ寄せたり、左脚の方に寄せたり…。イメージしながら動く事で、重心移動などが楽にスムーズに出来ました。

やはり具体的なイメージがあると、やった経験がない事でも、取り組みやすくなると思いました。

イメージを作るにあたっては、視覚だけではなく、五感を使ってイメージすると、そのイメージはより鮮明になります。

例えば観客がいっぱいのホールをイメージする時でも、そのホールは何人収容のホールで、前から3列目の真ん中辺りにはどんな顔をした人が座っていて、どんな洋服を着ていて…とか、壁の質感や触った時の感触や温度とか、どんな風に音が反響するだろうとか、ライトの眩しさやステージに立った時の気温とか…。
ぜひ五感を総動員してイメージしてみましょう。

そして、これは実際の本番の前にも出来る事です。本番の前に出来る準備のうちの一つは、その場所を五感を使って確認する事です。
初めて行く場所にポンと放り込まれたら、誰だって危機意識を抱かずにはいられません。そうすると身を守りたいという意識が強く働き、恐怖感から緊張状態を呼び寄せてしまいます。

普段から五感を使って色んな刺激を受け取るようにしていれば、「五感を使ったイメージトレーニング」「五感を使った本番前の確認や準備」のどちらをやる時にも助けになります。

普段から、繊細なレベルにおいて自分の周りで起こっている事を受け取ることに慣れておくと、それに合わせて受け取れるものがどんどん深く繊細になって行きます。
人はここまでの繊細さで受け取ろうと自分で思うレベルで、それに合わせて受け取れるものが変わるのです。面白いですね。

本番のエネルギーを使う練習

f:id:nikoniko-alexander:20210330235509j:plainずっとそのために練習を積み重ねて来て、さあいよいよ本番!となった時、十分に練習を重ねたはずなのに、こんな経験をした事はありませんか?

・いつも間違えないような所でミスをする
・頭が真っ白になって何をしていたかわからなくなる
・手や全身がブルブル震える
・呼吸が苦しくなる
・上手く身体が動かせなくなる
・次のフレーズ、あるいは指使いが思い出せなくなる
等々…

こんな状態になる事を、「緊張してしまった」と言うことがありますね。

本番の演奏に対処しようとして湧き出て来るエネルギーは、練習の時のそれとは比べものになりません。
だから、そのエネルギーをどう使うかという練習を普段からやっておく必要があるのですね。

練習の時から、観客がいて聴いていると想定して練習をしましょう。
家族と一緒に住んでいるなら、たまには家族に聴いてもらうのも良いですね。
イメージするだけでも効果はありますが、イメージをする助けとして、ぬいぐるみをいくつか置いたり、大切にしている植物に聴かせたりするのも良いかも知れません。

また、本番の演奏の時に立つことになるであろう広い会場を想定して練習するのも効果があります。たとえ四畳半の部屋で練習していても、そこに広いホールと観客を想定して演奏するのです。

本番の時には使われるべきエネルギーがあって、身体はそのための準備をしています。でも、それをどう使ったら良いかを知らないと、先に挙げたような現象が起こってしまったりするのです。

これまでやって来た「曲を弾くための練習」に、「本番のエネルギーを使って演奏する練習」を加えてみたらどうなるかな?という好奇心を持って取り組んでみたら、これまで「緊張」というレッテルを貼って目を背けていた様々な現象に変化が起こって来るかも知れませんね。

部分が気になる時ほど自分の中心を見よ

f:id:nikoniko-alexander:20210325204506j:plain楽器の練習をしていると、どんどん部分的な事が気になって来る事がありませんか?

私はどうやらそっち派で、やりこめばやり込むほど、「曲のここの部分が気になる〜」となって、そうして部分を見ようとすればするほど、身体全体が無意識にキューっと縮まって行きます。

もちろん練習の過程では、曲の中で部分的な所を丁寧に見ていかなくてはいけない時もあります。でも、部分的な事を見ているからといって、身体まで縮まる必要はないのですね。

楽譜を見ている眼についても使い方を考えて使うことは出来ます。

「見る」というと、眼で見ていると思いますよね。つまり顔の前面にある眼そのものが、見ていると思いがちですが、実は眼は光が入って来る場所であり、実際に像として認識しているのは脳の後ろの方なのです。試しに、頭の後ろの方で物を見る、と思ってみてください。眼に対する負担が減るような気がしませんか?
物を見るために頭を動かす時には以前ご紹介した頭と首の間の関節(この部分をAOジョイントと言います)の所から動くと思って動かしてみましょう。

過去の記事:「頭はどこから?」
https://nikonikoalex.com/entry/2021/03/08/220029

身体の部分でどこか気になる所がある時、例えば、速いパッセージを弾く時に左手の薬指の動きが悪いなと思う時。(薬指が独立して動かしにくいのには理由があるのですが、それについてはまた別の機会に…)

こういった場面でも、その部分が気になりだすと、そこばかり見てしまいがちです。
そこへ意識が集中すると益々ぎこちない動きになってしまいます。

そんな時は、自分の軸の部分で何をやっているかに目を向けてみると、改善や解決の糸口が見つかる事が多いです。

ここで言う軸とは身体の中心となる部分で、頭と脊椎を中心とした、いわゆる頭と胴体の部分の事です。軸骨格と呼ばれる部分には肋骨も含みます。

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この図の中で、ピンク色に塗られている所が軸骨格です。

腕〜手、脚〜足は構造上、軸となる頭〜脊椎からぶら下がっているので、軸の影響を受けます。

指先の動きが気になる時でも、頭と脊椎で何をやっているかな?ともっと自分の中心の方へ意識を向けると、それだけでも先の方の動きが良くなったりします。

そのくらい、頭と脊椎で何をやっているかが身体全体に影響を与えています。しかも身体の先の方で行う繊細な動きほど、軸からの影響を大きく受けやすいのです。


文中で引用した図は
Wynn Kapit / Lawrence M. Elson著
"The Anatomy Coloring Book" 第3版より

自分への指示

f:id:nikoniko-alexander:20210323121647j:plain脳は否定形の指示を正しく受け取れません。
なので、自分に何か指示を出す時には、肯定形で考えます。

例えば、二胡を弾く時に、鏡を見てチェックしてみたら、自分では弓を「真っ直ぐ」動かしていると思っていたのに、実際には弓が先の方へ行った時に反対側が下がっているのに気付いたとします。その時に「下がらないように」と思いながらやると効き目がありそうな気がするものです。

しかし、これでは脳には「〜しない」という所が伝わらないので、脳は具体的にどういう指示を送れば良いのかわからなくなり、その部分にただ意識が集中して、本来働く必要のない筋肉に、必要のない力が入ってしまいます。これが「力み」ですね。

そんな時は「〜しない」と言う代わりに、その指示を肯定文に変えられないか考えてみましょう。

先ほどの弓の動きの場合でしたら、行って欲しくない方向を考える代わりに、行って欲しい方向を考えます。弓の右先端がどこへ向かうように動かせば、自分の目指す「真っ直ぐ」になるのか、的(まと)を設定してみます。そしてそこへ弓の右先端が向かうように動かすには自分の身体のどこの部分が先に動き始めれば良いかを考えます。

幸いなことに、具体的な指示があれば、身体はそれを「思う」だけで従ってくれます。ただし、身体のデザインに沿っている事が大切です。もしも実際には関節がないような位置で「曲げよう」と思っても曲げられないですよね。でも脳からの指示により身体は、どうにかして曲げようとしてしまうので、負担の大きな曲げ方になってしまうのですね。

ボディマッピングを丁寧にやって行くと上手く動けるようになるのは、身体の中で自分自身が誤解している部分を整理する事が出来るからなのですね。

楽器を持つ

f:id:nikoniko-alexander:20210317200457j:plain演奏をする前には、楽器を持ったり、構えたりといった準備のための動作がありますね。
この時に何を考えてやっているでしょうか?

私は先生にこの質問をされた時に、自分が何をやっていたか、まったく思い出せないくらい無意識にやっていた事に気が付きました。

演奏をする時には、練習して意識的に色んなことに気が付けるようになったとしても、演奏出来るようになるための準備の段階で常に意識的になるのは難しく、ついこれまでの習慣(慣れ親しんだやり方)を使ってやってしまいがちです。

どうせ意識的にやろうとするなら、この準備の段階から意識的にやった方が、その後に続く身体の使い方が変わります。

まず頭が動いて自分全部がついて来て、(←この部分はいつも最初に来ます)楽器に指先から近づいて行って、楽器に触れます。触れたらそこで初めて、手は楽器の形に沿って形を変えます。
頭が動いて自分全部がついて来て、手を楽器の形に沿わせて少しずつ持ち上げていくにつれ、その重さが徐々に手に伝わります。そして楽器の重さを持ち上げるのに必要な力だけを使う事が出来ます。
今度はまた頭が動いて自分全部がついて来て、楽器を持つのに必要なだけの力を使って持ち上げた楽器を、演奏のために必要な場所へと動かします。

(「頭」ってどこ?と思われた方はこちらの記事をご参照ください)https://nikonikoalex.com/entry/2021/03/08/220029

初めはゆっくりと練習すると良いと思います。毎回練習すると、普通の速さでやっても出来るようになって来ます。初めはひとつひとつ確認しながらやる事になると思いますが、練習すれば一連の継ぎ目のない動きとして身につくようになります。

これは一例であり、細かい手順はその時の自分の状態により、変わったりします。
例えば、「指先がリードして楽器に近づく」という思い方では少し足りないと思う時には、股関節の動きを思う事もそこに付け加えたりします。

大事なことはいつも「自分全部が統合して動く」という事です。そのための自分への指示出しなのです。

ここで「頭が動いて自分全部がついて来て…」と言う時に、「身体」と言わずに「自分」と言っている事にも意味があります。
「自分」は身体も精神も含んだ存在だからです。人は身体と心を切り離す事はできない「心身統一体」である、という考えが、アレクサンダーの発見した原理の中の一つです。

教師の役割

f:id:nikoniko-alexander:20210313232509j:plain人に二胡を教えるようになったきっかけは、私の先生が、「教えなさい。その方が勉強になるから」と仰ったから。「教えるようになると自分のレッスンの受け方も変わります」とも言われました。
その当時の私は、自分は人に教えるものなんて何も持ってないと思っていて、そんな私が教えても良いのだろうかと迷っていました。

そんな私の元にも、学びたい気持ちを持った生徒さんは来てくださいます。
その生徒さんたちの望みを叶えてあげたいと、自分がそれを引き受けてあげなくては!と頑張ってしまっていた時期もありました。

アレクサンダー・テクニークを学ぶようになってからは、そこに少しずつ余地が生まれるようになりました。
生徒さんの動きを注意深く観察出来るようになって来たら、何を言ってあげるべきかが自然に分かるようになって来ました。


アレクサンダー・テクニーク教師であるキャシー・マデン先生が、先日、教師の役割について、ご自身の「教える」という事に対する姿勢について教えてくださいました。
それを聞いていて、「ああ、私はこんな風に教えたかったんだ!」と思いました。


・「こうしたい」という望みは、生徒さんの方から始まる。だから教師の役割は、生徒さんが学びたいものを学べるような状況を整えてあげることである。


・生徒さんにはいつも「選択の自由」があり、学ぶという事に関しては教師ではなく、生徒さん自身に責任があるという事を、生徒さんがいつも気付いていられるように尊重し続ける。その方がたくさん学べるから。


・教師に出来るのは、提案やアイディアを提供する事。やってみるかを決めるのは生徒さん自身。


・教師は個々の生徒さんのそのユニークな変化の道筋に付き合う(follow)。


・もし生徒さんが変化が必要だと思えば、必ず生徒さん自身が必要なものを選び取って行く。


・教師は生徒さんをご招待(invite)する事は出来るが、生徒さんが学ぶための責任は生徒さんにあるので(←望みは生徒さんから始まっているので)、教師はすべての責任を引き受ける必要はないということをわかっておくこと。


教えることは学ぶこと…本当にその通りだと思います。教えるという事で学ばせていただいている事がたくさんあります。キャシーのように、人を尊重し続けられる教師になりたいと心から思います。